登場人物 ・ナターシャ(25) 家屋鑑定士 ・シュティレーガ婦人(49) アミソーネ城オーナー ・アルマーニ伯爵(55没) アミソーネ城・元城主 故人 ・アルマーニ伯爵の娘(当時27) アミソーネ城・元城主の娘 ・スーツ姿の男(35) ナターシャの同僚 |
連想場面1 | |
■屋外/スコットランド北部 上空から俯瞰する、スコットランド北部の荒野。そこを走る一本の直線道路。 やがて、そこをひた走る白い車をカメラが捉える。車は小さな田舎町を抜けて、さらにその先の、海側に進んでゆく。 ■アミソーネ城 屋外 断崖絶壁に立つ巨大な古城が、同じく空から写される。 天気は良いが、崖に打ち寄せる波は激しい。白い車が小さく画面に写りこみ、城の中に入ってゆく。 ■アミソーネ城 書庫 一転して静謐な城の中。広々とした書斎の、さらに奥にある書庫。 灯りはついていないが、奥に窓だけが見え、太陽光が挿している。 パリッとした白いシャツがのぞく、スーツ姿の小柄な女性(20代半ば、ナターシャ)。 本棚からひとつの本を手に取ろうと背表紙を手繰り寄せると、手前から女性の声がしたので、振り返る。 シュティレーガ婦人「ナターシャさん、お茶が入りましたよ」 40代過ぎの落ち着いた女性、資産家であることがわかるシックなドレス姿が痩せた身体によく似合う。 細目からのぞく優しげな表情が、快活そうなショートヘアの家屋鑑定士の姿をとらえている。 ナターシャ「(腕時計を見て)わあっ、もうこんな時間! ええ、いただきます、シュティレーガさん」 シュティレーガ婦人、上品ににっこりと笑う。 ■アミソーネ城 応接間 広々とした応接間。その中央の古びた長テーブルに、婦人とナターシャが座っている。ナターシャ、熱心に喋っている。 ナターシャ「……13世紀の様式はいま、特に人気がありますし、ここは状態も綺麗です。 アクセスも悪くありません。しかし、特に目を見張るものは……」 ナターシャ、手元にあった古書を手にとって話す。 ナターシャ「調度品です。特に、ここの蔵書は素晴らしいですね。スコティシュ・ゲーリック書物は種類も多様で、聖書はもちろん、 自然科学からフェアリー・テイル、扉の奥には美術書もありました。元の持ち主の姿が偲ばれるようで……」 シュティレーガ婦人「ふふふ……。熱心な方に来て頂けてよかったわ。何とか、二束三文というわけにはならなそうね」 ナターシャ「何をおっしゃいますか!」 シュティレーガ婦人「この城の書庫は、先代の持ち主一族である、アルマーニ伯爵のコレクションでした。 そういえば、あのお話はご存じですか? “イマジナリー・ロンドン”の……」 ナターシャ、突然の単語にきょとんとした表情を浮かべる。 ナターシャ「はぁ、イマジナリー・ロンドン……」 シュティレーガ婦人「その様子ですと、まだのようですね」 シュティレーガ婦人、柔和な微笑み。また一口紅茶を飲む。 シュティレーガ婦人「折角の機会ですから、少しだけ、お付き合い頂きましょうか……」 ■古びた英字新聞の写真 イメージシーン。古びた19世紀末の英字新聞。写真の代わりに描かれたイラストレーションが、動く。 シュティレーガ婦人「アルマーニ伯爵の最期は、ご存知ですよね?」 ナターシャ「はい。あの大西洋横断船・エーシャ号に乗り合わせていた……と」 英字新聞の船のイラストが、やがて嵐に飲まれ、沈没してゆく。 シュティレーガ婦人「伯爵は、睡眠薬を常備していました。沈没は真夜中でしたから、 伯爵は目を覚ますことのないまま、海の中に消えてしまわれた……」 | |
chapter1(1つ目の断片映像)の解釈 | |
■海の底 海月の園 目線の奥に、光が映る海底。 ナターシャ「そしてこの城が、競売にかけられることになったんですよね」 シュティレーガ婦人「……しかし伯爵は、死してなお、その現実を受け入れられなかったのです」 ナターシャ「え?」 カメラが引いてゆくと、その周囲は古城の塔のようになっている。やがて伸ばされる、白い手。 | |
連想場面2 | |
chapter2(2つ目の断片映像)の解釈 | |
■扉の先 イマジナリー・ロンドン シュティレーガ婦人「目を覚ました伯爵が、手を伸ばしたその先に築き上げていたのが、“イマジナリー・ロンドン”です」 ナターシャ「“イマジナリー・ロンドン”……」 シュティレーガ婦人「伯爵が辿り着くことがなかった、伯爵の情念が生み出した架空のロンドンです。 しかしその姿は、実在するロンドンとは似て非なるもの……」 カメラが扉の向こうに進むと、世にも不気味な光景が広がっている。街の姿は、伯爵の記憶のままに途切れ途切れ。 全てが水の中に沈み、地下鉄の代わりに汽車が建物のはるか上を走り回っている……。 高々と、汽笛が鳴る。 | |
連想場面3 | |
■アミソーネ城 応接間 ナターシャ「……」 シュティレーガ婦人「伯爵は今も、自身の肉体が死を迎えたことはおろか、 今住んでいる場所が本物のロンドンの街ではないことにすら、気が付いていないのです。 しかし、最も重大なことは……」 シュティレーガ婦人、ふと目を伏せて、壁のほうに目をやる。 応接間の壁にかけられた無数の写真の中に、特に古びた一枚がある。顔はよく見えないが、 伯爵の隣にシックなドレス姿の女性(20代後半か)が写っている。 シュティレーガ婦人「伯爵には、溺愛していたという、一人娘がいました。」 ■アミソーネ城 娘の寝室(イメージ) 2面に海が見える絶景の寝室。調度品も立派である。先ほどの姿と同じ娘が、ベッドの脇で泣き崩れていたり、 中央の椅子にただ座っていたりする光景が混在して写されて行く。 シュティレーガ婦人「娘は、父を失ったその日から、悪夢に苦しめられることになります。 イマジナリー・ロンドンの光景を伝えたのも、この娘でした。 毎晩、同じ悪夢に囚われ続けた娘は、日に日に憔悴してゆき、やがてある日……」 その光景から、娘の姿が消える。 ナターシャ「失踪!?」 ■アミソーネ城 応接間 シュティレーガ婦人「というより、消えてしまった、といったほうが正確ですね。 娘の夫もまもなく死に、一人娘も、やがて行方知れずになりました。 城の者は言ったそうです。伯爵は、最愛の娘さえも、イマジナリー・ロンドンに連れて行ってしまったと……」 ■アミソーネ城 書庫 先ほどの書庫で、本を鑑定し続けるナターシャ。真剣な表情。ふたりの会話が重ねられる。 ナターシャ「なぜ、私にこの話を?」 シュティレーガ婦人「……そうねぇ。もう、言い伝える人もいませんから。 この城も、きっと観光用に改装されてしまうでしょうしね」 ナターシャの表情が写される。ナターシャの表情のまま、次のシーンへとつながる。 | |
chapter3(3つ目の断片映像)の解釈 | |
■アミソーネ城 娘の寝室(イメージ) 先ほどの娘の寝室。いつの間にか窓の外はイマジナリー・ロンドンの底になっている。 次々と日が過ぎてゆき、海の底の部屋の光景がそこに重ねられてゆく。 最期、時が止まると、窓の外に大量の赤いバルーンが打ち上げられる。 | |
連想場面4 | |
■アミソーネ城 外観(現代) アミソーネ城のリニューアル・オープン当日。幾人もの関係者が城の周りで、 オープン記念に飛ばされた沢山の赤いバルーンを見上げている。 外行きのドレス姿のシュティレーガ婦人、さびしそうな笑顔でその風船を見ている。ふと、隣に居たスーツ姿の男性に話しかける。 シュティレーガ婦人「そういえば、ナターシャさん。今日はいらしていないのかしら」 スーツ姿の男性、きょとんとした様子で、 スーツ姿の男「あれ、婦人、伺っていませんでしたか。」 シュティレーガ婦人の、驚愕の表情が写される。 スーツ姿の男「ナターシャは、辞めましたよ。突然でしたね。いつの間にかデスクも片付いていて……」 シュティレーガ婦人「……え?」 周囲の喧騒。一番のりの観光客たちが、新たに整備された城の中へと入ってゆく。 | |
chapter4(4つ目の断片映像)の解釈 | |
■アミソーネ城 書庫 ナターシャ、何故かアミソーネの書庫に居る。スーツは脱ぎ、清楚な白シャツ姿だが、 その瞳には先ほどはなかった、一種の狂気が感じられる。 震える手で、伸ばした書棚の一冊の本に指を這わせる。 本を取り出そうとすると、突然、その本は掻き消えてしまう! しかし、その様子に驚く様子を見せず、それどころか、ニヤリと顔を歪ませて微笑むナターシャ。 ナターシャ「やっと……見つけた……」 | |
連想場面5 | |
■アミソーネ城 古い扉前(現代) コツコツと歩いてゆく両足。絨毯の敷かれた廊下を進んでゆき、やがてひとつの扉の前で立ち止まる。 扉のドアノブに手をかけると、その両足の主、ナターシャの表情が写される。 ■アミソーネ城 入り口 観光客たちが城をあがってゆく。 ■アミソーネ城 娘の寝室の扉の前 ナターシャ「待たせて、ごめんね」 ナターシャ、扉を開けると、あの娘の寝室である。椅子の中央に座る女性。女性、ゆっくりと振り返る。 ナターシャの、壊れそうなほどの泣き笑顔。 ナターシャ「やっと見つけたよ、おばあちゃん」 ■アミソーネ城 外観 シュティレーガ婦人、不安そうに顔を上げる。ちょうど娘の寝室の窓側に目がいく。 ■アミソーネ城 娘の寝室(イマジナリー・ロンドン内部) 先ほどの寝室の光が変わっており、今度はイマジナリー・ロンドンの中の娘の寝室。 20代後半の、やつれた様子だが気品の漂う女性(アルマーニ伯爵の娘)、ナターシャと向かい合っている。 ナターシャ「迎えにきたよ。さあ、ここから出よう」 女性、ナターシャに向かって歩み出る。 | |
chapter5(5つ目の断片映像)の解釈 | |
■幻想(イメージシーン) Chapter 5の映像が短めに挿入される。音楽が高鳴る。 | |
連想場面6 | |
■アミソーネ城 娘の寝室(イマジナリー・ロンドン内部) 気が付けばふたりの周囲には、海月が泳いでいる。 ふたりが手をつないだ途端、周囲から莫大な量の水が押し寄せてくる。 ばらばらと音を立てて砕ける家具やベッド。ふたりは水の勢いで服が激しく揺さぶられるものの、水の勢いに流されそうにはならない。 ■アミソーネ城 外観 シュティレーガ婦人の姿を遠くからカメラが追う。周囲には関係者や観光客たち。 先ほどの男性の声が重なる。 スーツ姿の男性М「彼女、ずっと何かを探しに、この仕事についていたみたいでしてね。とりつかれたような姿でしたよ」 シュティレーガ婦人「知っていたというの……?」 ■幻想(イメージシーン) S21の続き。白い手の男の主観目線。突然の水流に巻き込まれ、一気に上部の天窓の向こうまで全身が吸い上げられてゆく。 じたばたする手足が写されるが、もうこの勢いには抗えそうにもない。 ■イマジナリー・ロンドン イマジナリー・ロンドン(シーン7)にも巨大な水の流れが押し寄せ、景色が一気に揺さぶられる……。 ■屋外/スコットランド北部 突然、静かな情景。付き物が落ちたような表情のナターシャが、 広大なスコットランドの大地に走る一本道にオープンカーをつっ走らせている。 風で揺れるナターシャの髪。 ふと、横の景色に目をやる。 遠く遠くの雲の隙間から、ゆっくりと、イマジナリー・ロンドンの建物たち、そして線路と機関車が、地面に向かって落ちてくる。 距離があるため、スローモーションのように見える。最初に機関車が、広大な大地にたたきつけられると、 続けて巨大な建物(ビッグ・ベンや家々も)が雪崩のように大地に降り注ぎ、 重量感をもって地面に衝突し、巨大な破片となって砕け散り、崩れ落ちてゆく。 やがて砂煙に包まれ、低い地鳴りの音が響いてくる。 その光景を眺めていたナタリー。微笑んで、助手席にある本(先ほど取り出して、消えてしまっていたもの)に目をやる。 本は、助手席で車の振動にふるえている。 エンディングの音楽が流れる。 ■アミソーネ城 応接間 観光用に整備された応接間。飾られている写真の、先ほどは写されなかった場所に、伯爵の娘夫妻と子どもが写った写真がある。 シュティレーガ、それを見つめる。 シュティレーガ婦人「何で気づかなかったのかしら……」 微笑むシュティレーガ婦人。 シュティレーガ婦人「見つけられたのね……」 | |
chapter6(6つ目の断片映像)の解釈 | |
■どこか遠くの海沿いの町 清潔な部屋の中 スコットランド北部からはまた遠く離れた、より明るい海沿いの小さな町の部屋の中。ベランダから海を眺めるナターシャ。 私服姿に、紺色の洋服とスカートが風に揺れる。コーヒーを飲むナターシャ。 テーブルの上には、古い古い、先ほどと同じ娘夫婦と子ども の写真が飾られている。子どもは、ナターシャそっくりの顔(=ナターシャの母)である。 ナターシャ、家の中に入り、テーブルに置いていた本を取り上げると、自分の本棚にそっと納める。 窓の向こうの美しい海の景色が写される。(終) |